テーマ:感謝

JICA宮城県協力隊支援会30年記念式典 presente a JICA memorial

雨の後、晴天の日が続く、例年より気温も今のところ温暖である。夏のころに、事務局からご案内があったので、 午後から、JICA東北へ訪問した。(東北支店ではなくなっている) 表題の宮城青年海外協力隊を支援する会創立30周年記念式典に出席した。宮城県だけで見ると、現協力隊事務局でサポートするボランテイア総数は、73か国368名となっている…
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Panasonic100年を考える futuro de PANA

(写真:pana坊やの受付)今年3月、松下幸之助翁が、大阪の大開町で、起業して100年が経った。最初の商品は、電灯の二股ソケットである。第2次世界大戦の終戦時、松下航空機など、その事業部体制から財閥指定にもなりかけたが、一般家電の成長分野と創業の商品を引き継いだ松下電工が、主体となってグループとして規模を大きく成長したが、復興前の中国に…
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仙台定禅寺ジャズフェスへマンボ友参戦festivalero jazz Jyozenji amigo

マンボの親友だったMJ氏より、情報は頂いていたもののマンボと南部兄弟というバンドを結成していた京都八幡のソウルギタリスト・久井コージ氏の自宅訪問を受けた。既に、早朝に墓参を済ませたという。あいにくの雨で、9月8日、9日は、恒例の仙台市定禅寺フェステイバルで、大勢のジャズメンが参加して、市内各所で、雨の覆いの中で、演奏していた。以前は、彼…
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東山魁夷展を見るexposicion de Pinturas

昼食によった食事処で、県美術館で11日まで開催されている偉大な日本画家「東山魁夷展」のチラシをもった人がいた。この画家の作品70点ほどをこの地で見る機会はそうない。  20年ほど前に、在学中の息子を訪ね、京都から出向いたマンボと出合った数少ない機会だったのを想い出し、先週の土曜に観に行ったところである。(東欧の旅での晩鐘の入場券の写…
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秋の金木犀のかほりと便り Carta y Flor en Atono

あの厳しかった夏の日差しが遠去かり、庭の日差しも和らいで、今年も甘い芳香の漂う金木犀fragante de flores dorodasの花の季節が訪れた。その木もあの頃は小さかったのだが、少しずつ枝を殺がないといけないほどになってしまった。(写真:家の入口の金木犀の花)  京都からの便りには、彼の誕生日だった9月26日にあわせて…
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マンボの足跡を辿って能登へ2 recuerdo Mambo en Noto

秋の彼岸がくるとマンボの誕生日だったが、彼には3人の従妹がいて2人の祝いの席では、夫々の彼の独演があったが、今夏はそれを見ることはなかった。この地2人目の加賀衆との祝いの席には多くの親族が出席していた。(2010年5月15日金沢城公園の式場でのマンボ独演)日本の伝統と文化を受け継いできたこの地域は、おそらく今の日本を悩ます孤独死やいじめ…
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マンボ松本の歌green on greenに寄せてsobre Cancion de Hijo

 このところ彼の一周忌のあと母の法事、お盆とお寺さんへのお参りが続いたが、彼の中学校有志からの贈り花もあり、一瞬の地元の親族の訪問が終わると、この地の暑い夏の終わりがやってくる。(絵は、Kyoko Hunt氏に頂く http://huntgallery homestead.com/簡単な額装をしてリビング吹抜けの壁に掲げる)   …
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ルーツを求めてbusco mi origen

ちょうど100年前の明治44年に、親父は横須賀で生まれた。その親、自分の祖父は、その20数年まえに埼玉県から、この地に就職して、結婚し、横浜に家を建てた。建てたのは父である。(7人兄弟、家族で揃った写真を、その主家すじから今回お預かりした) (父の下3人の叔父叔母は、健在であることから、なくなった父母、マンボ、親類の皆さんの写真をそえ…
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マンボとの走行はベルトをつけcon cinturon

 Mamboは、1年前より少し重くなった感じがした。寺へむかう車は重さを感じシートベルトをつけて、祖父母の眠る墓所に向かった。既に、京都で多くのミュウジッシャンや友人におくられて彼は、同志社、御所そして賀茂川のほとりを巡って、此処に辿りついた。 京都では、最初は竹田駅伏見の近く、西陣折機の音の聞こえる住宅と、さらに北方向に居を移し上賀…
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天中に演奏する菩薩像 Budas tocando en Cielo

(まるで、アコーデイオンのような楽器・柏板を奏でる菩薩さま-国宝宇治平等院鳳凰堂中堂-平等院ホームページから)  2005年~2007年JICAボランテイアで中米コスタリカ滞在中に、マンボからアコーデイオンがあれば買ってきてくれと言ってきたが、首都の街中には何軒かの楽器やに、日本製の楽器も沢山置いてあったがアコーデイオンは中国製のもの…
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贈られし本と残された資料(2)una Obra y Revista recuerdo

贈られた本「ふたつの震災」の出版は、凸版印刷、マンボは同志社大を卒業し当初同社に在籍した。彼の同期の4人が、遠路参ってくれたのは昨7月だったが、この短いサラリーマン時代に、社長表彰と部長表彰を2回もらったようで、生涯かけて部長表彰1回の我が身に較べて、特出していたのではないかと親馬鹿を発揮する。(写真-遺されたかなり重い木箱のなかにあっ…
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贈られし本と残された資料una Obra y revista

そう 彼とであったのは、1990年代の前半、マンボを介して京都の街中でおあいしたのが初めてである。ほっそりした感じの青年であったが、最近、何度となく多忙の最中に時間を割いて拙宅にお寄り願って、逞しく精悍な中年に変わっているが、身内も及ばぬ親切なサポートをいただいている。(例年になく一週遅れで咲きだした市内榴ヶ岡公園の桜)  マンボの死…
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マンボ号Ⅱとの別離 adios Carro de MamboⅡ

あの厳しい大災害の日から、1年を迎えマスコミは殆どこの内容で埋め尽くされているが、自分にとっては、約3ヵ月後のアクシデンテも同じ気持ちにさらされて胸痛む日々を過ごしてきたが、彼の帰郷の際の愛車マンボ号Ⅱともお別れの覚悟ができた。この車は、あの被災地石巻市市内も充分走って、被災された方々にも、少しは役にたったようである。 (大雪に見舞わ…
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音楽 友人たちのつどい Una feria de sus amigos de Musica

この2月11日京都、マンボ松本も大学時代出演していたというライブハウスRAGで、彼の同窓生でもあったMJ氏や同じく、いまや同じようにマスメデイアで活躍し、マンボの通夜にもきてくれたYG氏ら、同好会SMMAの「マンボ松本に捧ぐSMMAフォークパーテイ」が催されて、60名が集まり彼を偲んでくれたくれたという。(中央で挨拶とプロ級の歌を熱唱す…
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頑張ろう東北 地元へのひとつのエベント cobra Mucho Animo

あの忘れ難い震災の日が、まもなく訪れる。先週日曜、あるエベントがあって参加した。(Paraguayの記念写真とアルパを飾った自分のコーナー、この国を紹介する唯一のパラグアイのコーナーであった) (ボランテイアで、参加された在仙のSol de MIssiones の夫妻が、コーナーでの撮影に応じてくれた)パラグアイからは、移民したひとた…
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マンボとの絆に改めて感謝2 Mambo a Otro ⅱ

今年の大晦日もあと3時間ほど、半年まえの5月31日広島西条の風横丁(ぷうよこちょう)でのライブでは、アンコールに応えて、マンボはご機嫌だったとお店のマスターはそのブログで話してる。(京都の自宅に置かれた彼の唯一の財産であった鍵盤楽器群-すでに友人たちに手渡されてもうない)  打ちあげて、外で一息いれて、その後、救急車で搬送され、仙台へ…
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マンボとの絆に改めて感謝 gracias por Mambo o otro

(一般的なメモリアルリサイタルでは、大概、愛用の楽器がシルエットで映しだされるものだが、この写真は、彼の大阪のファンM氏からいただいたマンボ愛用の赤の鍵盤楽器、くゆらす煙草の灰皿が、立ち上るかのようなの・・・) 本震災のあとの4月の余震でダメージを受けた茅屋の修繕工事が年内ぎりぎりに始まり、今住むマンションの修繕工事の理事をまかさ…
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最期の音楽を探してニューオリンズ2Busco ultima musica en Nw Orleans

最近、ジャズ好きの評論家71歳の鳥越俊太郎氏が、NHK番組で自分の死ぬ間際に聞きたい音楽を探して、米国南部のニューオーリンズにやってきた映像を視聴した。(写真はミシシッピー河の船上から街並を眺める鳥越氏) 氏は、最初に街でもっとも古くからジャズを演奏してるPresavation Hallを訪ね、チューブプレーヤだった父親から引き継…
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36億年前のひとつの命の誕生から、歌手クミコ再出発ドキュメントの真実

7月30日朝、ラジオの夏休みの番組で、四国のなじむ君が質問した。「いのちってひとつしかないんですか」先生は応えて、「いまのところ地球にしか存在しないいのち、36億年前に誕生したたった一つのいのちが、紡がれて今のようになったの、みんなの命は、ひとつで、大切にしようね」と説明しておられた。(写真はカオス(混沌)のイメージ) 大震災から3ヶ…
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ありがとう走りぬいたマンボ号Adios y Gracias su Carro Mambo

彼の年頭のブログに、彼と彼の仲間たちが乗って走ったマンボ号が、20万キロを走りぬいたとあった。(写真2011年元旦雪の能登路をチェンをつけて走ったマンボ号) 本当に、マンボ号は、よく走った。この最後の西国の旅を終えたら、新しい車にしようと家人に洩らしていたというが、東京、能登、名古屋、最期になった西国の旅と。  そして、まもなく異次…
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マンボ松本の永遠の旅立ちMarvin Gayeを聴きながらescuchanViaja eterna

雨に煙る広瀬のせせらぎを、かって寛いでいたそのバルコニー、今、弟の買って来た好きだったMarvin Gayeのメロデイが流れる。あれから、まもなく1ヶ月が経とうとしている。  4月の8日には地震見舞にきて、仙台から京都に帰っていた彼から、月の半ば過ぎの夕方に携帯が掛ってきたので、彼のブログの状況についてコメントしたが、それが彼との最…
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「マンボ先生」について

「マンボ先生」について 同じブログ上で、マンボのことを偲んでくれてありがとう。マンボの父より (以下、彼女のブログから) 6月25日のライブでキーボードをお願いしていたマンボ松本氏が亡くなられた。 突然のことで、一日たった今もなんのことだか…と思い、気づくとぼーっとしている。 ついこの前打ち合わせのために…
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ぎまんNHKドキュメンタリー歌手クミコさんが歌った Cantan volumtaria Kumiko

(NHK6月19日朝歌手クミコ果たせなかったコンサート画面)、あの感動的なNHKスペシヤル”いのちをどうつなぐ”医療現場からの報告(5月5日付け当ブログ)の同放送局が、この日曜の朝、同じ石巻を扱ったドキュメンタリーは、地元ボランテイアが、苦労し被災3ヶ月の6月11日、会場で黙祷をもって始まったインターネット放送の趣旨を、脚色したぎまんの…
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とうもろこし畑の向こうへ Mambo Matsumotoが

 むまのはなむけの46もの沢山の花輪、次々と届いた多くの心あたたまる電報、「大西ユカリと新世界」以来続いた小松竜吉さんの素晴しいブロウの響くなか、わざわざ京都からおいでいただいたトロピカッカスのメンバーほか沢山のお世話になったみなさまが、ご会葬くだされ、さらに、ゴッドねえちゃんこと大西ユカリさんのブログ「あ~せやせや」では彼のことに触れ…
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マンボ松本山陽道に客死す Mambow de mi hijo muerto en HIroshima

雨煙る6月1日午後6時過ぎ、彼が20年住んだ京都を列車は通過した。(東寺を見ながら、鉄路を過ぎ去る)30数年前の夜中、耳元に突然鳴り響いた警鈴は母の死を告げるものであったが、よもや、同じことが起こるとは信じがたいが、03時過ぎ、その警鈴が彼の携帯を使って鳴った。そして、声の持ち主は彼ではなく、彼の音楽仲間からで、すでに、彼は、その2時間…
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1000年来の大地震と大津波(地震被災)

仙台沖の大地震の体験記憶を蘇らせる、更に大きく、長い時間の揺れのマンション中での大地震とその後の大津波、嗚呼、わずか10キロ海岸よりの低地での大津波大災害。これからの被害状況が発表になるにつれての大被害状況が気になります。2日後の夜の停電のみ普及で、ようやくブログ世界にとりあえず復旧。多くの被災された犠牲者の方々に合掌とお見舞いを申し上…
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